[ストレス] 原稿の執筆とblog記事の相関関係の謎 [書けない]

久しぶりです、約一ヶ月ぶり。

そう言えば、サンシャイン国際水族館へ行ってきましたよ、昨日。いつもどおり、デジイチをもってですね、いってきましたよ。やっぱり、クラゲが一番綺麗に写る。クラゲ癒される。クラゲ最高。

クラゲたち
クラゲたち

とまぁ、クラゲの良さは大して語れないので、すぐに本題に入ってしまいます。

しばらく書けませんでした。blog。
1月から3月まではほとんど毎日、4月あたりから徐々に書き込みが減っていき、今月にいたっては、もう下旬にさしかかっているのに 1つも記事がありません。これはスゴイ。なんたることでしょう。

しかし

TextExpander の挙動がおかしくて、オレがハングしそうですが、イロイロあったんです。イロイロ。と言うか、ほんの一つのことですけど。

それはずばり、原稿を書いてました

いや、その程度のことで、blog を書かなくなるなんてどう言うこと買って、ちょっと考えたんです、おまいさん。ほんと、一切、書こうというか書いたらいけない気がしていたんです。
なぜなら、原稿も書き上がっていないのに、他のものに手を出して書いてるとか、そんなことをしている暇があれば、1行でも原稿かけよって事です。そんなこんなで(>’A`)>ウワァァ!!って頭抱えていたわけですが、結局のところ、〆切に間に合わずに、散々峠を越したあげく、未完成で提出ですよ。なお、原稿を書いている理由は、会社のとある勉強会にて「みんなで原稿書くよ」ってことで持ち回りで技術文書を書いてるんです。

しかも、あたしゃ、そのリーダーです。大丈夫か、この社内勉強会。

まぁ、お察しの通り、本日、無事に、いえ無事じゃないですし、これからどんな非難囂々なレビューを受けるか分かりませんが、とにかく提出してきました。
提出しました━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!

と言うことで、本日は祝杯です。ホント、2ヶ月くらい、これでずっとイロイロと悩んでました。ストレスも絶好調です。すげー、しんどかったんですよ。
blogも書かずに原稿に没頭したんだから、相当書いたんじゃねぇかと思われるかも知れませんが、大したことは無いです。文字数にして 30,000といきません。wordのページ数にして約38ページ。図表も入れると48ページ。大したことないですね。2ヶ月の期間で考えたら大したことないです。まるで、1日 1行かってくらいですが、実際は違います。

文章部分だけなら、合計4時間で書いてます。図表を書くのに、相当手間取ったり、その元ネタを作るために一所懸命ソフトウェアいじくり倒している時間のほうがしぬほど長いです。
ただ、そう言った元ネタができれば、1時間あれば 10ページは書けてしまう程度にはスピードが上がりました。

何と比較してか、と言うと昨年です。
昨年も同じようなコトをしていましたが、昨年は 8時間かけて 14ページ分です。熟慮も推敲も大分してはいますが、今年はそのページ数なら 1.5時間です。

オドロキですね。なにがって、話が大分変わってきていることです。早く書き上げた事なんてどうでも良いんです。
要するに、2ヶ月のうち、最後の 1週間程度で約40ページ文を書いているわけですが、どんだけ怠惰だったのかと。
blogの書く余裕もあれば、原稿の1行でも書けと、それだけ追い詰められていたのにもかかわらず、結局のところ 2ヶ月のうち 1週間と原稿を書いていないわけです。これはどういったことかと。推考しました。自分自身を。

結論

ストレスがかかって、仕事が手につかなかった

これです。全てはこれです。ストレスです。
ストレスのなくなった今の俺は、何も考えずに、これだけムダにただの長文を書き散らかしているではありませんか。そうです、普段なら、何も考えずにこの程度は書いていられるんです。

それができない、ということは、原稿を執筆することのストレスが、逆に「文章を書くこと」自体を阻むようになっていたと言うことです。残念な気持ちでいっぱいです。
こんな事であれば、日々駄文を打ち込んでストレス解消してから、原稿を書いていれば良かったです。

もう一つ、今回気がついたことがありました。その入力速度です。

原稿執筆速度が上がったわけ

推論に推論を重ねた結果、私は一つの結論へ至りました。

「blogをずっと書いていたからだ」

これです。何をバカな、と思われるかも知れませんが、いいえ、絶対にこれです。バカだと思ったお前がバカだ、バーカバーカ。

さて、どう言うことかというと、原稿を書くにも何にも「慣れ」が必要だと言うことを、今回悟りました。
原稿を書いているのは私だけではなく、他にも数名います。そのメンバーのレビューも本日実施していたわけですが、「初めて執筆する人」と「何度か執筆の経験がある人」とは決定的なチガイがあることに気がつきました。

「文体」

です。「表現」と言っても良いかもしれません。
書き慣れた人というのは、自分の文章の文体が揺るがず、騒がず、すっと閉じています。意味が分かりませんね。要するに、その原稿にあった、自分独自の世界観をもとにした文体ができあがっているのです。まったく要していませんね。
例えば、村上春樹と村上龍といったW村上の文章の表現と言って、思い浮かべられないでしょうか。
とある、2chの有名コピペをご覧くださいな

小説
「後ろで大きな爆発音がした。俺は驚きながら振り返った。」

ラノベ
「背後から強烈な爆発音がしたので、俺はまためんどうなことになったなぁ、とか そういや昼飯も食っていないなぁとか色々な思いを巡らせつつも振り返ることにしたのである」

山田悠介
「後ろで大きな爆発音の音がした。俺はびっくりして驚いた。振り返った。」

司馬遼太郎
「(爆発--)であった。余談だが、日本に初めて兵器としての火薬がもたらされたのは元寇の頃である…」

村上龍
「後ろで爆発音がした、汚い猫が逃げる、乞食の老婆が嘔吐して吐瀉物が足にかかる、俺はその中のトマトを思い切り踏み潰し、振り返った。」

奈須きのこ
「――突如、背後から爆発音が鳴り響いた。その刹那、俺はダレよりも疾く振り返る―――ッ!」

京極夏彦
「凄まじい音とともに地面が揺れる。――爆発、ですか?私が問うと、彼は白湯とさして変わらぬ出涸らしをすすり、 ――だから何だと言うのか。と答えた。りん、と、何処かで風鈴の音がした。」

西村京太郎
「後ろで、大きな、爆発音が、した。十津川は、驚いて、振り返った。」

馳星周
「爆発音――偶然にしてはタイミングが良すぎだ――頭の中で警報ベルがけたたましく鳴り響く――舌打ちしたいのをこらえながら後ろを振り返った。」

村上春樹
「やれやれ、そして僕は爆発した。」
「後ろで大きな爆発音がした。あるいは気のせいかもしれない。とりあえず今は驚いて振り返る前に、まずパスタをゆでようと思った。」

あ、そうなんかそんな感じ的なのないでしょうか。そうです、文章の書き方、その文体というのは著者によってバラバラで、その個人の色があります。
結局のところ、こういった個人の文体の色が出てくるまで、とにかく文章を書き続けてこないと、まよわずに文章を書くことと言うのは、とても敷居の高い出来事になるのではないか、と言う結論に行きついたわけです。

このむやみやたらに長い言い回しと、くどい表現、問題提起から結論までの長さ、ただそれでいて一気に読みやすい文章(自分で言うな)こそ、わたし。

というところにたどり着いたのが、つい最近なのです。そう、しばらくずっと blogを書き続けていたことによって、自分の文体が固定化され、文章自体に我が魂が宿ったのです( ゚д゚ )クワッ!!

で?

何が言いたいかというと、blog なりなんなり、とにかく継続は力なり。

なにごともバカにせず、続けることこそ、学び。やぁ、好きこそものの上手なれ、と言うじゃないですか、好きなことを好きなようにするが良いのです。
と言うことで、明日のレビュー大会が終わったら、大修正大会のストレスに晒されて、またblogを更新しないかも知れませんが、更新するかもしれません。自分のストレスとうまくつきあえるようになったとき、その時、本当の自分を見つけることができるのです。

かしこ

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