[レトリック] 文才ってなんだろう

これ内緒なんですけど、また原稿を書いていて。いつ表に出るかは謎ですが、半分くらい書けたら飽きてきたので、blog書き始める程度にはしょっさんです、こんにちわ。

今日もまたスタバにいるんですが、近くのにーちゃんが必死に電源を探していて、「ここにはないよ、1F へおいき」と伝えたいのですが、極度の人見知りなので放置プレイに走っています、おにーちゃんゴメンね。

さて、原稿を書くときには「OmmWriter」を使って書いています。

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カテゴリ: 仕事効率化
価格: ¥720

書く事にだけ集中できるので、ちゃんと元ネタが揃った段階に至っては、これを使って執筆すると、バカみたいに捗ってしまうのでオススメです。ただ、ネタが揃っていないときには、他の窓を行き来するにはうざったらしいです。ただただ、文章を書くだけであれば、こんなに快適な事はないので、寝る前にお布団の中などでこちら使われる事をオススメします。

なお、寝る前にLEDスクリーンを見ると、興奮してしまって良質な睡眠に、支障を来すのであまりオススメしません。

文章を書くことと文才

昔は文章を書くとか面倒ですし、そもそも日本語を良く理解していなかったので、どうやって書いたらいいのかサッパリ分かりませんでした。今も真面目な文章を記述することは苦手なので、気がつくと oshiire blogみたいに、バカなものの書き方しかできていないのですが、それでも文章を書くことができるようにはなりました。めでたいです。とにかく「文章を書くことにいやな気持ちを抱かなくなった」ことは、とてもありがたい事で、お仕事でも、みんなの嫌がる文章書き部分が一番好きになって、気がついたらパワポで絵を書く方がめんどうになってしまい、それはそれでどうなんだろうと考える次第です。

なんで、文章を書くことに苦手意識がなくなったのかな、と考えると、それはもう「訓練」しかないです。

「本を読むこと」と「とにかく書くこと」を続けます。続けました。本は、特定の技術書だけではなく、小説もマンガも雑誌も、果ては哲学書や自己啓発本に至るまで、分野を気にせず読み続けました。本を読むようになったのは高校生のころからで、子どもたちに小学生のころから「本を読みやがら、ガキども」といきり立ってたのは、ちょっと理不尽に感じますが、それでも高校生からは相当量の読書をこなしてきました。本のある家ではなかったので、バイトをすれば、食べ物か、本かIT系のパーツにお金が使われていき、結局一銭も貯まりませんでしたが、数千冊の文章を読み込んでいった結果は、知らぬ間に身についているものと感じています。

40も近くなって、どうやったら他人様に読んでいただけるようなかしこい、面白い文章を書く事ができるのだろうかと考え始めました。「これはよくできた書籍だ、これをマネしよう」で簡単にできれば良かったのですが、なかなかそうもいかず「文章の書き方」のような書籍を何編かあさり、今のスタイルに至っています。

「読みやすい文章」はスキルセットとして、学習して身につけていくことができるようになりますが、「面白い」「文才のある」文章には、どうしても「アーティスト」感覚が入ってくるように感じてします。「読みやすい」「理解しやすい」文章は、伝えたい内容を要件として、文章の組み立てを「デザイン」することで、記述することができます。伝えたい内容さえ明確で、必要な情報が揃っていれば、手間さえかければうまく書けるようになります。技術書や論文などのように、感情論を排除した文章は訓練である程度のところまで達するでしょう。

では、「面白い」文章ってなんだろう。ってことなのです。手法としてレトリックなどありますが、それは「面白い」ではなくて、結局「難解なことを読みやすく、理解しやすく」表現するための技法で、小説などで使われるテクニックです。回りくどくなる可能性や、表現を曖昧にする場合もあるので、技術書などでは利用できませんが、「うまいこといってやろう」「面白く書いてみよう」としたときに、そのテクニックを使うことはできるでしょうが、結果的に面白いかどうかは、話が別です。結局、芸人や語りべと同じで、話の構成や表現力、言葉の使い方など、面白い文章に落とすことのできる人だけが、文才のある人になるのではないかと、最近感じてます。

個人的に技術書では使わない手法を使って、技術文書を書くことで、ちょっとおもしろ風に文章を書くようにしてみてはいるのですが、どれだけ面白いかは自分でも評価できないですし、へたに文章を弄っているために、正しく技術要素が伝わっているかどうかも分からないという諸刃の剣です。一つ前の段落で「レトリック」について「手法、技法、テクニック」と表現して、飽きにくい文章構成にはしていますが、こういった言い回しの変更は、技術的には意味合いが変わってきてしまうことが多いので、技術書などでは推奨しない書き方です。しかしながら、そういった文章がはびこっているがために、読んでいることが苦痛で眠くなると感じています。そこで、叙述的なテクニックも入れながら、飽きのこない、読みやすい、それでいて正しく理解されるようなものが書けるようになったらいいなーなんてことを考えているんですが、今日もオチがありません。さようなら。