[深田恭子] 100万回生きたねこ

しばらく雨が続いたりして、涼しくなってきましたね。それでもエアコンは止まらない、しょっさんです。


100万回生きたねこ

我が家にもある、この絵本、なんであるんだろうと思ったら、私が買ってきたらしいです。ホンマか。

異常事態宣言

わざわざ1日まるまる有休を使って、ミュージカルを見に行ってきました。異例の事態です。どのように異例かというと、ミュージカルは大嫌いだからなのです。フツーの劇でもお金払って見に行くことはないだろうこの私が、大枚をはたいて、ミュージカルを見に行ってきました。異例中の異例です。

ミュージカルが嫌いな理由は二つあります。

  1. なぜ、劇中に踊ったり歌ったりするのか意味が分からない
  2. ミュージカルに限った話ではなく、全ての歌という歌で、歌詞を理解することができない → ∴話が分からない

なぜ踊るのか

私はインドでは映画をきっと見ることがないのだと思いますが、インド映画を観ることはないでしょう。踊りすぎ。素直に劇をすればいいのに、オペラは歌うし、ミュージカルは歌うだけでは飽き足らず、踊り出す、意味不明です。二つ目の理由にも引っかかるのかも知れませんが、とにかく、演劇を、踊って歌って観客に伝えるという行為自体が意味が分からないのです。

歌が分からない

品の悪い病気なんだと思いますが、耳で聞いた音声は「音」として認識はできますが、「言葉」として認識することが苦手です。人と会話するときも、必ず、確認を取らないと分かりませんし、分かったつもりで話を聞いていると、まったく分かっていないことが多すぎます。だから、電話だと、ホントに相手がなにを言っているのか分からないことが多く、相手を遮って、こっちでできる限り話して、クローズドクエスチョンに落とすことがほとんどです。相手の意見は、よく分からないんです。ホントツラい。

このように、ただでさえ、言葉として認識できないものを、「歌」として聞かされると「メロディにしか聞こえない」状態になります。歌詞を覚えることもできますが、歌詞カードを見ていないと、意味の分からない単語で覚えていることがほとんどです。意味が通じる、通じない以前に、音でしか覚えられないので、そんなものです。だから、歌を聴いても「歌詞の良さ」とかは一切理解できません。歌詞カードを読んだり、覚えているだろう単語の組み合わせを書き出すことで、歌詞の意味を理解する場合がほとんどです。お陰様で、英語の聞き取りとか単語は全部分かったとしても、意味を理解できないこと多数です。ヤバイ。


となると、もっぱら、歌で劇中の内容が語られてしまう、オペラやミュージカルは、天敵です。吟遊詩人しか、歴史を紡いでいくことのできない時代だったら、私は後世に何も残すこと以前に、過去に何があったか理解することすらなかったでしょう。ツラい。

しかし、ミュージカルへ行ってみた

しかし、それでもミュージカルへ行ってみました。

ミュージカル『100万回生きたねこ』

です。ああ、深田恭子です。初舞台です。納得です。


THE CAT THAT LIVED A MILLION TIMES

そう、「お金さえ払って、その場へいけば、確実に生の深田恭子に会うことのできる、またとない機会」です。映画などで、舞台挨拶などに出ることもある恭子ですが、それにまぐれ当たりするような、そんな美味しい話などそうそう無いのです。なぜか、藤木直人とIZAM、仲間由紀恵が舞台挨拶する映画には、男子二人で行ったことありますけどね。( ´∀`)Σ⊂(゚Д゚ ) なんでやねん!。

結局、どうだったのか

ミュージカル自体、小学生のころにちょっと見た覚えがある程度なので、ミュージカルとしてどうだったかはサッパリ分からないので、そこには触れずにまとめます。

やっぱり話の展開は分からない

歌が理解できないからなのか、演出上なのか、いずれかは分かりません。ただ、この演劇だけを見ている限りでは、話を理解しようというのはちょっと難しいのかも知れません。とは言え、日本人の多数が知っているこの話だからこそ、このような演出で多くを語らないもので良かったのかもしれません。ねこを失った悲しみと、最後に、ねこが泣く部分の繋がりが分かる人はエスパーかも知れません。

結果として、話を知っていたので、問題なく見ていることできました。それに、ちょいちょい笑わせるつもりなんだなって場面があって、にやりとはできたのは良かったんでしょう。初めて一人で舞台を見に行っているので、イロイロ緊張した状態でしたから、いろいろ理解できないのは致し方ないのかも知れません。

2幕構成で、途中で休憩をはさむってのが驚きました。そうね、恭子が女の娘役から、ねこ役に変わるんだから、準備もふくめてってことなんでしょうけど。通しでやったとしても 2時間程度だったから、Perfume ライブで鍛えられているオレには、あんまり問題の無い時間割でしたけどね。老若男女いろいろいたので、配慮されていたのかな。飲食も禁止だったし。

深田恭子はどうだったのか

かわいすぎてしぬ。

最近、化粧のタイプが変わって残念な気になってましたけど、ベースは変わってないってのは見てとれました。最近の流行に合ってないだけなんだろうと理解。

下妻物語以降、お姫様キャラが定着してしまっていたので、どんな感じになるかと不安に感じていました。実際の演技ではそんなことはなく、下妻以前の彼女を見ることができました。ひじょーに嬉しいです。下妻以降のおっとりキャラは、そこまで好きではなかったので、全力感溢れる演技には、懐かしく感じました。

歌も心配の要素でした。彼女は歌うこと自体は下手でもなく、過去にはそれなりにCDも出していました。ただ、感情の起伏を感じられなかったり、歌う姿も棒立ちなので、踊ったり歌ったり、できるもんだろうかという親心的な心配がありました。が、杞憂に終わりました。相当な練習もあったと思いますが、声の出し方も、動きとのミスマッチもなく上手にやれてました。ホント、父親目線ですね。不思議なものです。20年近く見てるとそんなものかも知れません。ファン歴19年です。おっさんか。

それにしても、あれって、マイクついてなかったので、マイクも通さず、録音にあわせてる、とか言うわけじゃないんですよね? あそこまで声が通って聞こえてくると、いずれかなんじゃないかって、不安に感じました。だから、むしろ、録音にあわせてるとか、マイクあるんだよって言われた方が信じられます。地声なら、成長に感動します。

他の俳優は

興味ないのでどうでも良いんですけれども、アリキリの石井くんいてびっくりしたのと、主役のねこを演じていた成河(今回初めて知りました、ゴメンね)の歌が地味にうまかったので、なんか悔しい気持ちになりました。いや、いいんですよ、ミュージカルですもの。歌は上手なほうがいいですよね。うん。

まとめ

8/30 まで我が家の近く、池袋は芸術劇場でやっていて、チケットが地味に余ってるので、もう一度行くか考え込んでしまう程度には、「生」って良いものですね。Perfume のライブの時にも感じたのですが、「生」で見てみないと分からないことはたくさんあるってのは、今回も同じように感じました。今回、一人で舞台へ行ってみることができたので、今後、知り合いの舞台とかも遊びに行ける気がしています。

最後に、劇の終わった後、トークショーがあって、恭子含む 5人で対話していました。最後の最後で、恭子に話がふられて話をしていたんですけれども、最後の「ありがとうございます」前後ふくめて全部うまく言えなくて、大噛みしていたのがかわいすぎて、もう死のうと思いました。天寿を全うした気がします。お休みなさい。

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