砂の女

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砂の女 (新潮文庫)高専4年の頃だったかしら。アクティブ神父で有名な、俺たちよりも日本語の得意なエリックの英会話の授業の宿題でした。その内容は、「日本語で、何か好きなことを作文し、それを英訳しなさい」というものでした。
19にもなって、厨二病炸裂、というか「単語」の外観と音韻にひかれて、意味がよく分からない文章を書くことが好きでした。したがって、意図はよく分からないけれども、各単語の意味は分かる、なにを訴えているのかはよく分からない。という抽象的だけな作文をして、英訳できるわけもないのに、無意味に英訳化してました。
その日本語側の方に、エリックから「なんだこの文章は。安部公房か?」と書かれていたのが、安部公房との出会いでした。


それから15年たって、ついに安部公房の作品を手に取ったのですw ながすぎww

名著、と呼ばれるものだけあって、その内容にはとても楽しめる作品だと思います。そして、エリック先生が言わんとしていたことが、よく理解できました。
後半になると、主人公の男の懐古・妄想、客観的な風景(砂)の描写が至る所に突発的に出てくるのですが。その突飛な部分や、単語・文章の使い回しがとても似ているように感じました。もちろん、あちきが書いていたものは、意味はなく、ただ音感や語感に惹かれて、ただ殴り書きしていたもので芸術性は低いものです。
しかし、この「砂」をとらえる描写や、過去・外界の世界への想いたるや、さまざまな想像や妄想ができます。風景が異常に広がるんです。

ただ、文章を事細かに読まずに、あらすじしか終えないオレなので、感覚的なことしかかけないわけですが。まず最初に、この男が最後、どういう結末を迎えるのか、冒頭の数ページで書き表されています。それでも、途中の男の行動にはアクションものを見ているようなはらはらどきどき感があります。
また、結末がどうなるか、は分かっていても、結局、その男自体が最終的にどうなったのか、は明確に描写していません。最後の一文を読む限り、この男は完全に「砂」にとりこまれているんだな、とは感じましたが。

時代的背景なのかどうかは知りませんが、男と女の衝動や行動に対する目的・感じ方の違いや、性衝動など、その明暗・白黒がはっきりとしているように感じます。この小説から、「男というものは」「女というものは」とは、作者が何を伝えたいのかを、訴えているのかとも感じました。

ひとつ、よくわからなかったのは「あいつ」に執着している部分でした。あれは、悪い過去の象徴なのかな。

ちょっと古い文学作品ではありますが、「砂」だけでこれだけ虜にされるとは思いもしませんでした。久々によい作品に出会えたと感じてます。

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